あらためて、このたびの東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますと共に、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
毎日、ニュースを聞くたびに、16年前の阪神淡路大震災を思い起こさざるにはいられません。そして、当時とは全く違う状況にあることも分かって参りました。
阪神淡路大震災のあの日、まだ朝明けきらぬ午前5時46分、激しい振動で目を覚まし飛び起きました。すぐに大地震だと悟って隣室の父母の無事を確認してからは、当分の間、深刻な状況におかれることを直感的に悟りました。被災地のすさまじい光景は今でも目に焼き付いて忘れられません。むしろ、命があったのが不思議なくらい、それはひどい光景がどこまでも続いていました。
当時会社員であった私は、午前中に一旦電気が来たのを見届けてから、なんとか会社に出勤したところ、大阪はいつもと変わらない様子だったのを不思議な気持ちで見ていたのを覚えています。しかしその日、出勤した者は全社の3分の1程度だったと思います。すぐに、被災地に必要な物資を備蓄する倉庫の準備を始め、午後には地元の被災者を支援するために家にとって返しました。
当時、父は市会議員でしたので、被災者が必要とする物資のリストをいち早く収集してデータ化し、それらを調達するために奔走しておりました。その後長らくの間、私は父の仕事を手伝うことになりました。この物資の調達については、輸送経路や輸送手段、配布人員、分配数と時期、保管場所の確保、等々、事前に解決しなければならない問題が数限りなくあります。まして、今回の東日本大震災の場合、原発の火災事故や放射線の問題もあり、事態はさらに混乱を極めています。
こうした非常時においては、地元自治体の果たすべき役割は非常に重いものがありますが、阪神淡路では自ら被災しながらも市民の安全を確保しようとする自治体の粉骨砕身の頑張りがありました。私たちも、自治体を拠点として支援活動が出来た部分は多いです。
しかしながら、その阪神淡路大震災での経験が通用しないケースが発生していると知って驚きました。今回の東日本大震災の場合、津波によって町全体がさらわれたたため、自治体自体が流されて存在しなくなっている地域もあります。そこでは、これまでの自治体ありきの救援方法が全く意味をなさなくなっているようです。こちらに現地入りして実態調査された団体のリポートがあります。
先日から、阪神淡路での経験を踏まえて、個人的なボランティアを自粛するよう呼びかけられています。私自身もその当時、当事者であったので、正直なところその意見には賛成です。全てとは言いませんが、生半可な気持ちで被災地入りした未熟なボランティアは、足手まといであるばかりか、被災者(地)にとっては新たな負担にまでなってしまいます。
しかし、頼りの自治体が機能しない被災地ではどうすればよいのか。今、私たちに出来るのは、災害に関する専門知識と技術を持って行動できるエキスパートに救援活動の全てを委託すること、またこの専門家チームと連携して、法人・団体・個人ボランティアを統轄管理できる組織を発足しマネージメントせしめること、そして、専門家でない大多数の人は、継続的に被災地を支援するための義援金を送ること、だと思います。
上記の最初の2点は、なかなか一般人には為し得ません。しかし、幸いにも被災しなかった地域に暮らす人たちは、少しずつでも出しあって被災者を救済することはできます。そしてまた、この未曾有の大災害のために日本経済を停滞させることのないよう、いつにも増して自らの仕事に精を出し、世の中にお金を回すことで、一人ずつが住みよい日本として復興させることに協力することは十分可能です。
昨日、天皇陛下は国民に対して、「国民の皆が相携え、いたわりあってこの不幸な時期を乗り越えましょう」とメッセージを発せられました。この言葉が、今我々日本人のなすべき事の全てを語っていると思います。
私たちも出来うる限りの支援を惜しみません。一日も早い復興を目指して共に頑張りましょう。
なお、自民党兵庫県支部連合会でも義援金を募っております。
郵便振替口座:01150-4-8475
加入者名:自由民主党兵庫県支部連合会特別事業部
※通信欄に「東日本大震災支援募金」と明記してください。
蛇足ですが、黙っていられないので追記いたします。
現地取材のヘリが爆音を響かせるため、がれきの下から助けを求めている声が救援隊の耳に届かないという悲劇は、阪神淡路大震災の時にもありました。また、我先にと犠牲者の悲しいコメントを取ろうとするメディアの無神経な姿も16年前と同じ光景です。それはもはや報道の域を逸脱してはいないでしょうか。あなた方も仕事とは言え良心があるのなら、被災者を食い物にする心ない行動は慎むべきです。せめて、被災地に必要なものを携行して現地入りするぐらいの心遣いをお願いします。
日本中、いや世界中があなた方の振る舞いを注視していることをお忘れなく。