1923年9月1日に発生した関東大震災から本日で100年が経ちました。ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが震災時の東京市長:永田秀次郎は私の曾祖父です。
新聞やテレビにも紹介されている曾祖父が建立した、5万人超の震災犠牲者の名簿が収められている高野山の「震災霊牌堂」には、毎年夫婦でお堂周りの清掃を行い、曾祖父の思いに馳せながら哀悼の誠を捧げております。
阪神・淡路大震災や東日本大震災をはじめとした多くの災害を経験し、首都直下地震や南海トラフ地震に備えるべく防災・減災機能を踏まえたインフラの整備、防災への意識の向上とさまざまな取り組みが進められています。
都立横綱町公園には、曾祖父が震災後に詠んだ句の句碑があります。
「焼けて直ぐ 芽ぐむちからや 棕梠の露」
今後も地域での防災訓練や防災に関するセミナーなど、有事の時に備える平時からの活動、発言をしてまいります。